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麺屋 信成 (しんせい)  われわれの分身をどうするか

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福島県郡山市富田町坦ノ腰-72-2
電話;024-951-2876
営業時間;11:30~最長20:00※売り切れ次第閉店
定休日;水曜日
駐車場;店舗前に10台程度
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こくまくくぅ「われわれは、常に、胸の前で両手を合わせて、何かと祈っている。懇願の宛先は、日常的現実の上限を超える神(超自然的な何か)か、あるいは、日常的現実の最底辺を超える動物の場所(自然に還れ)か、いずれか、だ。というのも、われわれは、亀裂、という、傷を負っているからなのだ。」
人形くくぅ「主体化という亀裂だ。この傷を癒そうとするために、祈る。
こくまくくぅ「亀裂とは、無媒介的な生への没入の喪失による主体化、における、反省的な距離感の発生だ。」
人形くくぅ「つまり知性(自己意識)だ。認識は、空虚な視点そのものとしての主体性によってこそ、はじめて可能になる。
こくまくくぅ「主体意識の発生は、対象としての自らの身体との分裂(距離化)の効果だ。」
人形くくぅ「主体化によって、主体と客体、思考と行為、精神と肉体、のギャップが生じるわけだ。
こくまくくぅ「この主体性を、極限的に純化して求めると、神という形象に行きつく。」
人形くくぅ「神とは、身体のない究極の主体(主人)だ。
こくまくくぅ「逆に、自らの身体性を純化して求めれば、動物種という自然への没入(無為自然)になる。」
人形くくぅ「崇拝の対象とは、この両極のうち、いずれかのことだ。
こくまくくぅ「われわれは、客観的な知性によって、直接的な生を喪失しているわけだけれど、それは、実体的な生の充実(本能)を捨てて、自然的現実とは別の次元(理想)に憧れる、ということなわけだ。」
人形くくぅ「つまり、われわれとは、主体性+その対象としての身体、の分裂なわけだ。この分裂を描いている、エドガー・アラン・ポーの原作を映画化したオムニバス映画、世にも怪奇な物語の第二部「影を殺した男」(ルイ・マル監督)では、主役のアラン・ドロンが戦っている、影のように付きまとう自分の分身(アラン・ドロンの一人二役)が、主体性を悩ます自分自身の身体、を表している。分身は、いつまでたっても、適切に主体化されることのない、邪悪な影、なのだ。ところが、この、忌々しい影を殺すと、自分も死んでしまう、というわけだ。
こくまくくぅ「この主体性は、実体(身体)を欠いた仮面、のようなもので、仮面をはがすと、その下には何もない、のだ。われわれは、ゲームに夢中になり、ゲーム内の主人公に自己を投影するが、こうした、中身のない空想的な幽霊的な存在は、主体性が自らのナルシスティックな理想を託したキャラクターなのだ。」
人形くくぅ「不死であり、何度でも生き返る。実体のない主体性は自らを不滅だと思っている。なので、霊魂を信じる。
こくまくくぅ「スポーツも同様で、スポーツやダンスの理想とは、重力がないかのように振る舞える、ということに尽きる。つまり、地上の重たい身体的現実を超越することを夢見ている、という主体性の願望なわけだ。」
人形くくぅ「スポーツって、結局、重力との戦いだ。見事さは、重力を感じさせないこと、だ。重力から解放された、自由の躍動、を夢見ているのだ。虚構のゲーム世界では、重力なんてほとんどない。
こくまくくぅ「ボディ・ビルや美容整形などは、身体を理想的なプロポーションへと人為的に変形させようとする。これらは、肉体的(肉体賛美)であるようでいて、実際には、精神的(精神崇拝)であり、精神が、肉体を飼い慣らそうとすること、なわけだ。」
人形くくぅ「だから、やりすぎて、身体を壊すまでやっちゃうこともある。
こくまくくぅ「われわれが、最も恐れていることは、無媒介的な身体的な生など、そのものとしては存在していない、という事実だ。」
人形くくぅ「それ自体、空想的な観念だから。
こくまくくぅ「また、究極的な主体的理想も存在していない、ということだ。」
人形くくぅ「それも、空想でしかないわけだからね。だから、ひたすら祈る。信じようとするのだ。

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黒しょうゆらーめん 700円

こくまくくぅ「郡山に行った旅人の私は、マルゴ食堂に行こうかと思ったのだけれど、あいにく定休日だった。で、ずいぶん行っていない信成へ。」
人形くくぅ「挽き立てのブラぺが、仕上げにかかっている。当然、その香りがかなり効いている。ブラックにブラぺ、この思いきった冒険が功を奏しているのか、よくわからない。気が効いている、とも、気が効きすぎ、とも。
こくまくくぅ「ブラぺ+せんべい、とか、ブラぺ+ポップコーンとか、思い出しちゃう。昔、料理家のケンタロウさんが、自作料理の何にでもによくかけていた。流行りとしても、やや古いか。」
人形くくぅ「スープは、あまめで、キレがいい感じではなく、ややすっきりしないかな。それでブラぺのアクセントなのかな。
こくまくくぅ「キャッチコピーに、ネオ・クラシックと名打ってある。このブラぺがネオというところなのかな。」

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豚骨しょうゆらーめん 700円

こくまくくぅ「チェーン店っぽいノリ、というのかな。醤油、塩、味噌、豚骨、つけ麺、など、一通り、なんでも取り揃えていて、谷津亭(福島)とか皐月亭とかを思い出す感じかな。味作りのセンス的にも、フィーリングが似ているような。一般ウケしやすそうな手堅いカジュアルな感じだ。」
人形くくぅ「香りづけをするのが好きなようで、こちらはゴマが浮いている。須賀川の方の4号線沿いに店舗があった時の方が、シャープだったような気もするんだけど。油浮きが多く、洋物の植物性オイルが浮いていたような印象だったけど、もう定かではない。
こくまくくぅ「会津若松の名店、ふじ乃も、たぶんオリーブ・オイルが浮いているよね。独特の雰囲気をつくる。」
人形くくぅ「こちらへ移転してから、スープがあまい感じになったのかな、食べやすい感じになったような。お店自体のイメージも180度変わったような感じだしね。
こくまくくぅ「軽めの豚骨スープで、麺はオーソドクスな感じだ。地元の好みにフィットしているのだろう。」
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by dasenkadasenka | 2013-12-28 17:35 | 郡山市