やまりすがたべるもの

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喜元門 水戸笠原店

住所 茨城県水戸市笠原町884-10
営業時間 昼の部 11:30~14:00
       夜の部 17:30~20:30
定休日 火曜日 水曜日
駐車場 あり(砂利の広い駐車場)
禁煙




こくまくくぅ「ラーメンの定義は、コンパクトで、機能的で、快適な食べ物、だろう。喜元門は、そうした要件を満たした完成形態として、何だかうれしい限りなわけだけど、それは、奇妙な均質的な空間であり、数々のメニューのどれもが違っているのに、質的には同じで、単調にならない品数の多さであり、かつ、どれもが同じ品質で、次第に、どれがどれだかわからなくなる、ようでもある。」
人形くくぅ「喜元門のラーメンを食べていると、なんだかふわふわした非現実へと滑り込んでしまうかのようだ。
こくまくくぅ「そう、ずいぶん昔に、子供のころに読んだ、星新一のショート・ショート(そのころ出ていたものはほとんど読破した。大人になってからは読み返したことがない。)の、白日夢のような、奇妙な明るさに満たされた、近未来的な空間にふさわしような、そうした世界にでも出てきそうなラーメンだ。」
人形くくぅ「そういう意味では、未来っぽい質感のラーメンだ。だから、他のラーメンが、古臭く思えてくる。
ミニくくぅ「においや味がどろくさいというか。
こくまくくぅ「完成度が高すぎるので、現実離れしているように思えるのかもしれないなあ。」

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こくまくくぅ「ラーメン特集の雑誌類を見ると、きれいにカタログ化され、美辞麗句で飾られたラーメンがちりばめられていて、食べてみたいという欲望を吊り上げるけど、まあ、そこそこ過剰に膨らみ上がった幻影の方がまさっていて、実際に食べてみると、地上的な重さでしんどいことの方が多い。ずらりと並んだ幻影を追い求めて、東京や茨城や福島や山形や宮城や新潟や、それらの周辺県などの、主だったうまいといわれるラーメンを食べ歩いてみたけれど、幻影は幻影であり、どこかに何かおいしいものがあるはずだ、という、妄念じみた、しょせん、ないものねだりの際限のない欲望の対象であって、悩ましい煩悩なのかなあ、と思っていたら、なんと、完成度の高い幻影が現実化した、のを、目の当たりにするかのような、ラーメンが、喜元門で出てくる、というわけだ。」
人形くくぅ「ここ、水戸笠原店は、穂先メンマすらがうまいなあ。いい味だ。
こくまくくぅ「麺、スープ、チャーシューの、精妙な詰め方が揺るぎなく組み合わさった、シンプルなラーメンを実現しており、これは、そうそう真似ができないだろう、という感じだ。」
ミニくくぅ「喜元門ノミクスの3本の矢、か。
人形くくぅ「すぐに真似されるラーメンは、ある意味、贅肉が多い。そこに、真似ができる余地がある。もちろん、オリジナルの持つ力には遠く及ばないにせよ、とっかかりはある。ところが、喜元門のラーメンは、贅肉をそぎ落としたようなシンプルなものなので、どうやって真似ていいのか、取りつく島がない感じじゃあないかなあ。
こくまくくぅ「無駄を落した、タイトに締った、イデアルなラーメンなんだよね。贅肉というか、色気のついたラーメンは、色気の部分で、形だけ、見かけだけ真似しやすい。喜元門は、外連味のない、精度の高さで勝負なので、そのトータリティの高さは、どこから手を付けていいかわからないかもね。レベルの低い店には真似しようがない、というよりも、アプローチの仕方がそもそも、違う気がする。」
人形くくぅ「部分を積み重ねていけば、トータリティに達するわけではないからね。部品の足し算ではなく、全体を、トータル・バランスを一気に掴み取る能力というか。ただ凡庸に愚直に、細部の点数を10点+10点+・・・、と足していっても、100点はとれない。100点をとるには、もっと総合的な別の方法論を一気に感得しなければならない。
ミニくくぅ「要するに、手垢だらけの方法論とか、現世利益の埃っぽさにまみれていないのかなあ。
こくまくくぅ「ピンポイントの詰め方をしているにもかかわらず、硬直しているわけではなく、フレキシブルな遊びがあり、麺、スープ、チャーシューの組み合わせを、いくらかえても精度がブレない。これ、けっこう真似ができない、驚くべき技術ではないかなあ。」
ミニくくぅ「これから、ではなく、すでに、達成してしまっている。
人形くくぅ「過去、こんなラーメン、あるいは、ラーメン群、を見たことがない。
こくまくくぅ「幻影を求めていくら迷走しても、無駄だよ、とジロリアンは達観する。これは、明察だ。カタログ本片手にかけずりまわっても、、徒労に終わるのは目に見えている。だって、二郎ですでにマックスだからね、という判断は正しい。」
人形くくぅ「すでに、それで十分なわけだ。きりのない底なしの欲望への最小限の対処法だ。打ち止め点を見極めて、あとは、その周りを旋回するだけでいい。
こくまくくぅ「同じことは、喜元門にも言えるかもなあ。妄想の自縄自縛にピリオドだ。ある意味、イデアルな幻影が結実化してしまっている。」
ミニくくぅ「まあ、それは、認めたくないところかもね。夢がなくなっちゃう。
人形くくぅ「欲望は、欲望自体を欲望する欲望だからなあ。欲望自体の延命のためにこそ、ないものねだり、があるわけだから。常に、永遠の美女に憧れるのと同じだ。もっと、もっと・・・、だ。
こくまくくぅ「完璧なものを前にして、たじろぎ、それをむしろ、つまらないと勘違いするのは、欲望の防衛本能でもある。欲望は、自らを生きながらえさせる欲望だから、求めていた対象そのものに出くわすと、むしろ、目をそむける。なかったことにする。」
ミニくくぅ「夢の温存のためには、ファイナル・アンサー、ということは、受け入れがたい。
人形くくぅ「でも、これ、ファイナル・アンサーかもなあ。

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海老まぜそば 醤油 680円

こくまくくぅ「海老の、香ばしさ、にがさ、うまさ、じゃりじゃりした食感、知る限り、ダントツのファイナル・アンサーだ。」
人形くくぅ「迫力ある、海老感クライマックスだ。しかも、この上なくシンプルに仕上げてある。気の利いた風味づけとしての、何かに、海老風味をつけたし、ではない。まず、この総合力から入らなければならないだろう。
こくまくくぅ「まず、この、潔癖な総合力を感得しないと、部品をいくら積み重ねていっても、このような海老混ぜそばには、至らないだろうなあ。」
人形くくぅ「あらかじめ、直観的に、全体のビジョンをつかんでいないと、しかるべき到達点には達しない。他人の到達点を、後追い的に分析し、学習し、模倣する人が、なかなかその本体をつかめないのは、そのためだ。
こくまくくぅ「今日は、中太麺が、心持ち太いようにも感じられるけど、気のせいかな。まるもちっとした歯応えが強力で、うまいなあ。」
人形くくぅ「これ以上太かったら、つかれるかもなあ。このもちもち麺と海老あんの絡みがものすごくうまい。
ミニくくぅ「海老あんを、煮卵につけると、もうカナッペだ。めちゃうまい。今日は、黄身がずいぶんと半熟だ。
こくまくくぅ「チャーシューに海老あんが絡んでもうまい。」
人形くくぅ「欠点は、うますぎることだ。もう、夢はありません。
ミニくくぅ「うますぎて、いやになっちゃう、という贅沢な悲鳴だ。
こくまくくぅ「食べ歩きの終点か。」

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らぁめん 塩 650円

こくまくくぅ「なんでかわからないけど、やたらにうまいラーメンだ。だしが何、とか分析してもしょうがないかな。」
人形くくぅ「もう、塩でも、醤油でも、同等にうまい。塩派とか醤油派とか、関係なくなる感じだ。
こくまくくぅ「それにしても、塩ラーメンでこんなにうまいと思ったことはないな。このラーメンの醤油は、あまい印象だった気がするけど、これは、けっこうぎりっとしているかな。塩だけにシャープなのか。それとも、スープ配分かなにかなのか。わからないことが多い。奥が深いというか。麺も、醤油はこれより太かった気がするけど。この細麺が、最近はかためでうまい。」
人形くくぅ「うまさに、品のいい華やぎがある。これが、ここのスープの特徴だなあ。
こくまくくぅ「こんなふうに、何でもないようなシンプルさで魅せるところがすごい。一種の透明さに達している質実剛健というか。人は、ラーメンにとっては付随的な、おしゃれな飾りに目を奪われがちだけど、そうしたよけいな濁りが個性的なうまさと勘違いしがちだけど、たぶん、そいうことは、特徴化しておしゃべりしやすいし、おしゃべりとして、流通繁茂しやすいからだろう。絶句してしまうような、円満なうまさだと、伝播しにくい。凡俗なイメージには、目を奪われがちだし、それならカタログ化しやすい。」
人形くくぅ「喜元門の恐ろしさは、不透明な表層的なおしゃれなスタイルをも持ちながら、嘘のような透明さにおさまっているようなところだ。
ミニくくぅ「デイ・ドリームだ。

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by dasenkadasenka | 2013-03-16 18:26 | 水戸市