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明星 チャルメラ焼きチャンポン 対 究麺まぜそば

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幼年時代くくぅ人形「て。インスタント汁なし系、焼き、まぜ、の2題だ。充実している内容だ。てて。
こういう汁なし系統は好きなんだけど、最近、なぜか、お店のものには食指が動かないなあ。まあ、味がつまらないのだろう。てぇっ。
ところがインスタントは、うまいのが出ていて、むしろ、こっちでいいかなあ、といった感じになっている。て~。
焼きチャンポンは、東日本では、あまりなじみのないもの、だけど、もうなんでも商品化される時代だ。市中より、インスタントの方がはやい。し、これで十分だ、という感じでもあるかな(花月 嵐 で、豚骨味の焼きらーめんをいただいたことがある。超うまかったけどね。てっ。)。
まあ、ありていに言えば、焼きそばの、チャンポン味なんだけど、麺も、味も、うまい。このメーカーのちゃんぽんも他メーカーのちゃんぽんも、最近食べているけど、どれがどううまかったのか、混乱して忘れかけている。最近、似たようなのが多くて、紛らわしくて忘れる。て、て。
ラーメンだけ、かと思ったら、ローラと水沢アリーとか、物まねの渡辺直美と、名前なんだったけか、似たような人がいる、し、ジョイと、誰だったかも似ている。紛らわしい、酷似した、類似商品を当ててくる戦略は、タレントにまで、人間にまで及んでいる。てー。
でも、これは、かなりうまい麺、だなあ。しっかり覚えておかないと、また、他の、類似商品を食べると忘れちゃうからなあ。こうして、混乱し、忘却するんだから、便乗商法は、確かに効果的、有効なのかもなあ。ててて。」

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幼年時代こくまくくぅ人形「て。こちらは、焼きチャンポンをスープ仕立てにしたもの。これでも、うまい。湯量を増やせば、普通にチャンポンにもなるのだ。一つで、二者択一が可能な優れものだっ。汁なし派にも、汁あり派にも、対応できる。てっ。」

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幼年時代くくぅ人形「て。まぜそばも、同様に、これなら、家で食べた方がいいかなあ、というくらい、うまい。外食の値段で、3~4個は買えるんなら、こっちの方がいい気がする。
味つけがうまい、し、麺もうまい。満たしてくれる心地よい刺激で、上出来だ。ローストガーリック、などがうまく効いていて、スナック的な魅力に溢れる。具材もシンプルでいい。うまい麺と、うまい油と味つけ、これでいいのだっ。オイルパスタですよ。軽くて、ペロッ、がいい。お店より、こういうインスタント食品メーカーさんの方が、こなれた味を知り尽くしているのかもなあ。ツボの、独壇場の味わいだっ。ててっ。」

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幼年時代くくぅ人形「てぇーっ!
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by dasenkadasenka | 2013-08-30 16:04 | インスタントラーメン

人形たち!

熊王うくく 緑くくぅ 人形くくぅ 青くくぅ
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幼年時代の小皇帝くくぅ と お供のまだらくくぅ
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こくまくくぅ「やまりす町の夏休みの宿題ですかね。なんと、まだ、増殖中。」
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by dasenkadasenka | 2013-08-30 12:26 | くくぅ人形登場

yotsukura喜一

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こくまくくぅ人形「四倉海岸です。いい天気です。サンシャイン、潮風、広大な砂浜、です。道の駅四倉で食べる喜多方ラーメン、喜一、に来たのであります。」

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住所 福島県いわき市四倉町字5丁目218 道の駅よつくら港 2階フードコート内
電話番号 0246-32-8075
営業時間 10:00~18:00
定休日 第3火曜日
喫煙 不可


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幼年時代こくまくくぅ人形「われは、なんと、今日が初お目見え、テーブルデビューなのであります! まだらくうぅ人形も一緒なのであります!!

こくまくくぅ「法、とは、根源的には、暴力的に強制されるものだ。秩序的な法は、自然の法(本能)とは、別の、どこかから、自然の法(本能)に拘束されない、外部的な、したがって自由な、自然の法(本能)に対する他者性、としてやってくる。」
人形くくぅ「そうでなければ、われわれは、自然の法(本能)に従ったまま、である、はずだからね。
こくまくくぅ「この初発の自由の行為こそが、主体化だ。この自然の法(本能)から逸脱する、暴力的な自由の行使は、無制限の自己主張、であることによって、その権威を維持する。」
人形くくぅ「なにしろ、前例はない、んだからね。創造的な無制限だ。
こくまくくぅ「つまり、最初の主人(主体性)は、被統治者に、権力の無条件な行使としてあらわれるからこそ、前例のない、一つの秩序的まとまりを実現しうる。ここにある、根本的な過剰は、秩序的な法を行使する主人は、その法に、拘束されない、という事実だ。」
人形くくぅ「メタレベルの、法をつくる創造的な立場だからね。
こくまくくぅ「法は、こうして、絶対的な法として、天(メタレベル)から降ってくる。」
人形くくぅ「そうでなければ、人々はそれを聞き入れないだろう。
こくまくくぅ「こうして、秩序には、厄介な、根源的な暴力性の問題が付きまとう。」
人形くくぅ「秩序内部には、秩序以前の外的暴力への依存が、亡霊のように残る。
こくまくくぅ「現実の社会には、役割分担があり、それが、個々人のアイデンティティを保証する。ところが、社会の中には、居場所を持たない、固有の役割のない役がある、それが、各々の主体性の空虚だ。われわれが、社会状況と自分が不釣り合いだと感じる場合、原因はそこにある。」
人形くくぅ「社会環境に居場所がない、と感じたりする。主体性は、役のない、残余だからだ。違和感の原因、根拠となる。現実に社会的変革が起こるのは、この主体性の0地点を通過することによる、秩序の座標軸のリセットがあるからだ。
こくまくくぅ「つまり、主体化は、既存の社会組織の均衡を乱す暴力的な自由の展開だ。この暴力性は、純粋には、不合理な0、であり、実証的な結果が保証されているわけではないから、その必要性の是非が問えない、決着が予想できない、単なる過剰な暴力性となることが、避けられない構造にある。」
人形くくぅ「いわば、盲目的な賭け、飛躍、だ。
こくまくくぅ「しかし、一方で、自然の法(本能)を逸脱しているために、秩序というものは万全ではない。」
人形くくぅ「それは、偶然性のもとにあることが避けれない。だからこそ、変革は始終おこる。
こくまくくぅ「われわれは、市民権あってこその、人、だ。国家権力は、主体の利益、その他を、代表し、主体の人権(市民-人間であること)を保証する。しかし、偶然的な個々の秩序状況を超えた、普遍的人権というものがあるとすれば、それがあらわれうる原因は、社会の中に居場所を持たない、と感じる、主体性の空虚、そのものに由来する以外にない。」
人形くくぅ「そうであるがゆえに、普遍的人権は、弱者の権利、だ。つまりは、虐げられている人の、自由の権利、だ。
こくまくくぅ「社会的所属、でなく、あるがままの人間、に属する権利、とは、主体性の空虚、という、自由なわけだ。」

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塩ラーメン 500円

こくまくくぅ「海辺で食べる喜多方ラーメン喜一の衝撃。で、また、来ちゃいましたよ。なんていうかなあ、この雰囲気、新しくね。」
人形くくぅ「海辺、道の駅、フードコート、展望デッキ、広い空間性、窓ガラス越しの海岸、日差し、そして、極上ラーメン。言うことないっす。
こくまくくぅ「既存のラーメン店から抜け出たような、新鮮な気分だ。ざっくばらんで、明るく、快適で、オープンな、風通しの良さ。この喜一のラーメン、この雰囲気にすごく合いますよ。そればかりか、喜多方ラーメンが違った角度から、見られるため、別の側面が再発見されるような、ちょっとしたサプライズがある。土地の雰囲気とご土地ものは切り離せない。別の土地で食べると、なんだかしっくりこないと感じることは多い。しかし、喜一のラーメンは、その頭抜けた普遍的エンターテイメント性を実証するかのごとく、むしろ、異国でもイケるし、似合うことが判明。」
人形くくぅ「あるいは、喜多方ラーメン、2号店は、新天地いわきで、が、いいかもよ。新しい側面が磨かれるかも。
こくまくくぅ「昨今、サービスエリアの店なども、どんどん、本格志向の時代になっている。既存のイメージを脱却する食文化技術のパワーが円熟してきているのだ。喜一が道の駅フードコートにある、のも、そうした先駆けかもね。競争を勝ち抜くには、名をはせるには、こうした既成概念の打破が必要になるはずだ。」
人形くくぅ「喜多方、って、おもしろいところがある。イメージ的には庶民派だ。日本3大ラーメンとして数えられるわけだからね。博多と北海道と並んで。
こくまくくぅ「麺が、まず、インパクトだ。これ、ゆるい、といえば、ゆるいこともある、わかりやすく親しみやすく、それでいて個性的な、不思議な中太麺だ。多くの人から圧倒的な支持を受けている事実は大きい、し、見逃せない、だろう。ある意味、喜一のように才気ばしった感性には、単調に、鈍重に見えかねない麺だ。でも、そこを果敢に攻めているところがおもしろいし、なんだか、喜多方麺も、喜一の手にかかるとグレードアップしているように感じられる。ひょっとして可能性が高い麺なのかもしれない。」
人形くくぅ「喜一本店は、近年御無沙汰しているので、最近の変化を知らないので、触れないとして、9月末に、移転再オープンするようなので、行ってみようという気にはなっているんだけどね、ここの喜一で食べて、喜多方麺が、奇妙にやたらにうまく感じる。
こくまくくぅ「これ、本店より細い仕様になっているらしいけど、品がよく、キレのある、いい麺だよねえ。もっちり一辺倒でない、絶妙な食感を持っている。かつ、非常に親しみやすい。ちょっと衝撃だ。」
人形くくぅ「今日は塩スープなんだけど、ひょっとして、この塩味スープに、この麺、一番合うかも。シンプルなうまみと塩気をまとって、麺のウマさがとても引き立つ感じだ。もちもち、しこしこ、小麦粉の味と、ちょうどいい塩気が、絶妙な相性だ。
こくまくくぅ「ポークだしなのかな。鶏とは違う、キレのある、いいうまさだ。突出しない、じんわりとうまい、いいスープだ。この明るい空間に似合っているなあ。」
人形くくぅ「海辺の塩ラーメン。いいっすよねえ。こてこてしてなくて、シンプルなのがごちそうだ。海風のような、明るい軽やかさと潮気の重さと、同調してるような。
こくまくくぅ「喜一は、シンプルさの天才かもね。コンセプトが明確でいい。調味料の味覚センスも共感できるなあ。複雑さを織り込んだシンプルさというかな。」
人形くくぅ「単純ではないんだよね。でも、くどかったり、凝り過ぎ、という感じには思わせない。仕上がりのセンスがシンプルなんだ。
こくまくくぅ「チャーシューも、うまいね。肉の部分はやわらかく、脂身の部分は、あまくとける。適材適所だ。」




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会津山塩 水らーめん 650円

こくまくくぅ「こちらは、スープは、文字通りにシンプルで、ストレートだ。印象としては、鶏だしのまろやかなうまみが、単一的に張りつめている、緊張感の高い、かつ、やさしいまろみ、の、塩スープだ。」
人形くくぅ「このうまみは、王道で、はっきりしている。雑味は完全に取り除かれている感じだ。この昇華された独特の鶏のうまみ、普遍的なうまみ、だろ。
こくまくくぅ「この冷たさでこそ出された、このうまみ、極上だなあ。この冷たさでしか、味わえないだろう。氷が入っていないけど、すごく冷たい。氷、入れちゃあだめだろう。8月いっぱいの限定なので、再度、食べに来たわけだけど、記憶にストックすべき、ラーメン的うまさ、だと思う。水と塩とシンプルで力強いだしうまみ、の傑作だな。正直言うと、時折食べるけど、冷たいラーメンで、うまいと思ったことはない。でも、これは、驚愕もののうまさだ。」
人形くくぅ「麺がまた、合うんだよねえ。喜多方麺とは思えない表情を出している。かたさ、温かい喜多方麺で出会うことのない質だ。単調さからは、ほど遠い。
こくまくくぅ「量から質への転換かもなあ。下手なラーメン店主は、結局、量的に考える。ごてごてしたり、濃く煮だしたり、うまみを増やしたり。で、野暮ったくなる。質的に取り組むのは、才気がないと、あるいは、知的でないと、できない、のだろうなあ。」
人形くくぅ「ゆで卵、なんだけど、これがまた、こころ憎い演出だ。ゆで卵と塩スープを一緒に食べると、口の中で、味玉の味わいになる! 完全に、極上に塩たまテイスト、だ。味噌ラーには、温泉卵だ。デリケートな味わいの演出なんですよねえ。
こくまくくぅ「シェフ、だよね。シンプルでおしゃれ。こうなると、カッコいいほうがいいかもなあ。」
人形くくぅ「生ハム? しゃらくさい、なんて言わずにね。まあ、いまどき、生ハムくらいは、普通だけど。
こくまくくぅ「盛りつけもこてこてしなくていい。必要最小限だ。センシティブに満足させる。量ではなくね。」
人形くくぅ「フードコートで、これ出てくるの、マジ驚きだ。現在の非常識は未来の常識になるのかな。
こくまくくぅ「大衆的かつ絶品グルメ、標準装備だ。」
人形くくぅ「あくまでも気が置けない線で、ギリギリと引き絞って質の高さを極めている。上手だなあ。さりげなく食べて、ぼんやり海でも眺めよう。何が見える?
こくまくくぅ「遠くの波打ち際で波間に光の粒が撥ねている。」
人形くくぅ「そのまた遠くに見える岬は、塩谷崎灯台のある、塩谷崎岬(下の写真の水平線中央の岬)だ。言うまでもなく、美空ひばりさんの名曲、みだれ髪、の舞台となった、塩谷の岬、だ。泣けますなあ。
こくまくくぅ「ここもそうだけど、あのあたりも、大津波に呑み込まれた。一帯の海沿いの町は壊滅的だ。ほとんどが、今、草野原になっている。ところが、あの灯台のふもとの海辺にある、美空ひばりさんの歌碑は、津波がかからず無事だった。美空ひばりさんの力だ、と、地元の人たちは噂している。歌いましょうか。」
人形くくぅ「さあ、ご一緒に・・・。

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幼年時代こくまくくぅ人形「控室で、待機中なのであります。

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by dasenkadasenka | 2013-08-28 18:14 | いわき市

支那そば 正月屋

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住所 〒963-8025 福島県郡山市桑野2-7-15
電話番号 024-935-6363
営業時間 11:00〜15:30/17:00〜20:30
[日・祝] 11:00〜20:30
定休日 水曜
喫煙 不可
P 14台
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こくまくくぅ「われわれには、まず、万人の万人に対する闘争、という、自然状態があり、それを、打開、調停、調整するために、無制限の権力者、という、まとめ役を必要とする、というのではない。集団や、それを構成する個々の自己は、むしろ、はじめから、中心化をなす、絶対的な他者、という強力な主体化、に依存しており、その媒介を通してこそ、秩序的まとまりの中の各々の主体として中心化される。」
人形くくぅ「一つの全体性には、その全体を見通す、絶対的な他者性へと高められた、例外的な人物(視点)が必要不可欠だ。それが、主人の形象だ。
こくまくくぅ「そうした主権者が、主体間の相互作用を調整する。」
人形くくぅ「集合の中の空集合だ。各要素はそれとの関係で、一元化される。
こくまくくぅ「多様な人々が、自主的な交渉に基づいて、敵対関係を解消して共存する、成熟した社会を形づくるとしても、社会全体との差異を示す、主人のシニフィアンは必要だ。初発の、手の届かない絶対的な他者は、何らかの、規範的主人の形象として残らなければならない。」
人形くくぅ「現実の支配者がいなくても、空想的に、主人の形象を探し求めている。民主主義的な合意や、カリスマ的な英雄待望や、神様、などだ。
こくまくくぅ「個人は、常に、自分の責任を完全にとる、などということはない。」
人形くくぅ「自己完結することはない。
こくまくくぅ「個人が、自分の経験(人生)を、自己という物語(アイデンティティ)として、再構成する場合、それは、公の主体間の文脈に沿って行われる。」
人形くくぅ「個人の意識、無意識、など、内面は、そもそも、あらかじめ、公共の主体間の言語ネットワークに、絡め取られていて、そうした間主観性を背景にして、こそ、形づくられている。
こくまくくぅ「個人が、そうした、環境との複雑に入り組んだ相互作用の全容を、十分に平明な形で明らかにすることなど、あらかじめ、とうてい、不可能だ。」
人形くくぅ「自分の人生や体験を、反省的に再構成しようとすること、自体、既存の記号体系の中の物語の一つであるにすぎないからね。自分史、とか、自分探し、とか、本当の自分、といった主題は、そもそも、ありふれた物語だし、そもそも、前提となる空っぽの自分を穴埋めする作業、として、主体性の対処法なのだ。
こくまくくぅ「だから、そもそも、言語によって、自分を完全に説明することなど、理論的に無理であり、個人は、すでに常に、、社会の命令や要請やに応える、諸関係の中に規制されているのだ。」
人形くくぅ「汝を知れ、というソクラテス的な命令は、すでに、構造上の理由により不可能だ。
こくまくくぅ「アプリオリな公共構造の中にある個人は、ある意味、完全に開かれており、その内面など、他者との繋がり次第なのだ。だからこそ、人の心理は、たまらなく傷つけられやすい。」
人形くくぅ「内面的な心理は、むしろ、社会的であり、主体としての個人的立場は、実質的に、他者の評価にさらされている中で、こそ、成立している。
こくまくくぅ「自発的な自主性と思われるような、内密な自我は、こうして、他者への露出、としてあり、そこに基礎づけられ、制限されているために、根本的な脆弱性としてある。個人を人間(主体)たらしめているのは、むしろ、外部にある、物語のメカニズムなのだ。」
人形くくぅ「でも、どうして、自分は自分だ、という単独的な意識があるか、といえば、それは、主体性の空虚のためだ、というわけだ。
こくまくくぅ「自らの核は、空っぽなのだ。だから、それは、自由でもある。自らの存在が、他者への根本的な露出に基づいている、という、自らの有限性や弱さや脆さや限界、を、知るのは、その主体性(主語)の空虚な残余としての視点、なのだ。この自己内の、不可解な謎、こそ、主体間で共通して連動している点なのだ。」
人形くくぅ「だから、その欠落(謎)の共有において、諸主体は、空虚な原理的な中心的主体性(主人の形象)、に、基礎づけられ、中心化されているわけだ。中心の主人が、現実であれ、幻想であれ、それを媒介にして、一つのまとまりという関係性を互いに取り結びうる。

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支那そば 650円

こくまくくぅ「今回、郡山大勝軒に来て、さて、もう一軒どうしようか、と、わりと悩む。新店とか、煮干しとか、純鶏とか、どうも気がそそられない。」
人形くくぅ「じゅらく、がなくなって、郡山には穴があいたようだ。選択肢はいっぱいあるけど、意外とフリーズする。
こくまくくぅ「行ったことない食べたことない、でも、どうも好奇心わかず、どの店も気ノリしない。単なる勘ですけどね。」
人形くくぅ「結局、ランキングでもトップだし、久しぶりなので、正月屋へ。いつもならそっちへ行くところの、数軒隣の春木屋分店も、どうも、前回の味噌つけのトラウマか、というか、麺もスープも味が変わった疑惑で悶々としているので、気乗りせず、店舗を見た時は、心なしか、外見、がらんとしているし。
こくまくくぅ「こちら正月屋は、日曜日の昼下がり、常に駐車場満杯状態の大盛況ぶりだ。かなりの収容人数なのに、中にも外にも待ち客アリだ。少し空いてからと、あたりを回って何度か戻ってきたんだけど、混雑状況がいっこうに変わらない。ちょっと、凄い感じだ。」
人形くくぅ「中へ入るとわかるけど、まあ、接客のエスタブリッシュメントだ。
こくまくくぅ「まず、この店は、全体的なプレゼンテーションの力がすばらしいのだろう。要するに、何にせよ、気配りがよくできている。」
人形くくぅ「まあ、この並びの春木屋も、郡山大勝軒も、接客はすばらしい。
こくまくくぅ「客を、引き寄せる、総合的な、配慮や工夫や魅力なども含めてね。魅せ方が上手だ。まあ、商売として、当たり前といえば当たり前かもしれないけどね。世辞万端に長けたやり手、ということに尽きるよね、商売上手は。レジ台の上に、店の、ではなく、店主さんご自身の個人名の名刺が置かれている。責任者の堂々たる矜持だ。」
人形くくぅ「この店舗も借りているものではなく、自ら買っているものだからねえ、根を張って商売をする、という決意の、意志表明だろう。そうした信頼度の高さも、地元の人たちにウケている理由だろうなあ。
こくまくくぅ「ま、地元の雄店なのだろう。ラーメン内容とともに、感じや印象が、棚倉のかなざわ亭や、会津の頓珍館や、磐梯熱海の味噌屋や、郡山のきららなどに、似ているかな。いずれも、老若男女、個人から家族連れまで、に幅広く親しまれている、カジュアルな雰囲気の、超メジャー繁盛店だ。」
人形くくぅ「ファミリー・ターゲットがコンセプトとされている喜元門サイエンス店も、このような路線が、理想として、やりたいところ、目指しているところ、なんじゃあないかなあ、という感じだ。
こくまくくぅ「まあ、ランキングの上位店って、だいたい、基本的に、わかりやすい、親しみやすい、カジュアルな店だよね。一部のマニアックなラーメンファン向けというよりは。まあ、それはそうだよね。繁盛の形態として。」
人形くくぅ「マニアック向けのラーメン店から、ファミリー向けメジャーに、脱却、展開、しようとすることは、しばしばみられる商売的な常道だけど、意外とそこで躓くことも多い。そこんとこの拡大路線への切り替え、転換、難しそうだよね。こけていることは多い。上に挙げたような店は、成功店といえるわけだけど。
こくまくくぅ「ここも、個人店と、エンターテイメントなチェーン店の間の感じの、折衷と融合の、いいとこどりを、うまく実現している雰囲気だ。」
人形くくぅ「ラーメンも、今風と昔ながらを、うまく、折衷融合させているような感じだ。新しすぎないし古すぎない。先へ行きすぎないし、古臭くもない。商売の定石の優等生だなあ。
こくまくくぅ「自家製麺も、かたすぎず、柔らかすぎず、だ。ちょうどいいところをもってくる才があるなあ。」
人形くくぅ「ある意味、チルド麺とかにも、そう遠くないような。そういう意味でも、親しみやすい、受け入れやすい感じだ。
こくまくくぅ「鶏の香りもいいんだけど、やはり、キメテは昆布だしかな。かなり効いている。これ、行列店に多い、よくあるパターンだ。やっぱり、日本人は昆布が好きなんだよね。昆布を効かせている人気店は多い。この並びの春木屋もそうだ。あの、雷文(町田)なんか、ズンドウに昆布をものすごくたっぷり入れてたなあ。」
人形くくぅ「あと行列店に多い、よくあるのは煮干しだ。日本人は好きだよねえ。
こくまくくぅ「結局、おでんつゆ、に似ているんだよね。昆布のあま~い風味だ。麺を食べ終わった頃、スープが少し冷めたころ、それがよくわかる。」
人形くくぅ「わかりやすいし、安心なうまさだ。特に何か突出した特徴的なうまさがある、というよりは、ほんわりとした、うまくこなれた、カジュアルなおいしさ、という感じだ。癒される感じ、かつ、当たり障りのない、王道の感じ、かな。

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味噌そば 780円

こくまくくぅ「味噌は、後味のキレがすごくよく、超すっきりしている。飲み水がやはり、同様のうまさなので、水の効果もあるのだろうなあ。」
人形くくぅ「すっきりした、かなりうまい水だ。川越シェフの店は、料理はいい水が勝負、ということで、水代も、800円をとるらしい。まあ、日本くらいだからね、水がタダ、が常識の感覚は。外国は、たいてい、水質が悪いからだけど、ミネラルウオーターで高い。
こくまくくぅ「味噌味は、きわめてオーソドクスだ。エンターテイメントに徹しているという感じのうまさだ。最近、食べていないけど、どさんこ、とかを思い出す感じかな。昔、子供の頃、初めて、どさんこで、味噌ラーメン食べた時、うまかったなあ。」
人形くくぅ「チャーシューだけは、かなり、凝っている珍しいものだ。豚バラ軟骨、だ。パイカル、パーコー、等ともいわれるやつだ。中心を貫く軟骨が、生だと噛めないくらい骨のようにかたいけど、それが、極上のトロトロになっていて、かなり美味だ。これ目当ての、ファン多いだろうなあ。かくいう、われもそうです。

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by dasenkadasenka | 2013-08-27 18:28 | 郡山市

郡山 大勝軒

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人形くくぅ人形「われは、屋外、初撮影であります! 人形ドックで顔をきれいに直してもらって、ようやく外出できたのであります!!

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住所 福島県郡山市富田町字乙路後18-1
電話 024-935-4262
営業時間 11:00~21:00(スープが無くなり次第終了)
定休日 水曜日
P 店舗前・横にあり
禁煙
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青くくぅ人形「われらは、いきなりテーブルデビューであります!


こくまくくぅ「秩序を特徴づけているのは、われわれ自らの主体性の謎に対する、混乱、当惑の共有だ。その共有の仕方が、それぞれの文化を特徴づける。秩序には、意味の範囲がそなわっている、としても、それは、特定できない主体性の謎との関係としてあり、主体性の謎を取り除いてしまえば、意味そのものが失われる。」
人形くくぅ「すべてのものに、名前を付ければそれでおしまい、というわけではない。
こくまくくぅ「主体性という不可解な謎があるからこそ、われわれは、自分や他人を、心理や信条や欲望として説明づけようとする、のであり、そうして公認の思想を他者のうちに押し付けようとする。」
人形くくぅ「すべてを一元的な意味のもとに回収する必要があるからだ。神のような、超越的な主人(主体性)は、すべての人を一元的に管理するための、一なる規範的中心なわけだ。
こくまくくぅ「ところが、実際には、このような中心化はうまくいかない。」
人形くくぅ「世界の歴史や実情が示すとおりだ。世界は統一し得ない。
こくまくくぅ「もとよりうまくいっていないのだから、現代のように、超越的な力(神話)への信奉が減じているような今日では、いかなる主体的な立場も、根源的に不確定で、前もって決められた生の確固たる様態など存在しない、ということが、ますます、露わになっている」
人形くくぅ「民主主義のように、中心がすべての人である、となれば、あらゆるものについての取り決めは、そのつど、民主主義的な手続きによって、くりかえし、再更新されなければならない。しかも、ネットなどで、民意がすぐに測れるとなれば、実情の変化の流動性によって、再更新は目まぐるしくなる。たとえば、実情に合わせて憲法を変える必要がある、としたら、憲法は、しょっちゅう変えなければならない、という事態になってしまう。
こくまくくぅ「素朴な合意事項として、人は自分の幸福を目指す、とする。自己愛を原理として、その慎ましい目標に向かうのは当然だろう。しかし、いくつもの目標同士がぶつかる場合、他者の目標は、自らが目標から逸らされる、障害になる。すると、到達すべき目標よりも、障害をはずすことにかかずらうことになる。」
人形くくぅ「そうした、怒りや憎しみに満ちた情念こそ、紛争(戦争)の内実だ。
こくまくくぅ「こうして、慎ましい幸福を目指す善なる素朴な自己愛は、他者との関係で、利己愛へと性質を変える。つまり、比較、選別の競争となる。この時、喜びは、自らの幸福によって、だけでなく、相対的に、他人の不幸によって、もたらされることにもなる、という転移(転換)が導入される。」
人形くくぅ「われわれは、自分のことより、他者(障害物)への思いにとらわれるようになる、わけだ。
こくまくくぅ「ここに、平等主義的な解決策を取り入れるとすると、正義は、まず、自分が持っていないものを独占享受している他者への羨望となる。」
人形くくぅ「幸福へのアクセスが、誰にとっても平等になるように、あらゆる他者の過剰を、抑制してほしい、という要求になる。
こくまくくぅ「この当然の帰結は、禁欲主義の共有、でしかありえない。もし、全員のエゴイスティックな幸福の実現の追求が、不可能なら、不幸の共有を課す、他はない。」
人形くくぅ「他者の過剰な幸福をおさえることができるなら、自らの福利の縮減も受け入れ、耐える決心となるわけだけど、それこそ、まさに、戦争の決心と同じものなわけだ。

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濃厚魚介つけめん 無料大盛 750円

こくまくくぅ「前回、しばらくぶりにいただいて、だいぶマイナーチェンジがあったことが確認できた。」
人形くくぅ「ウマさの探究、洗練化、が進行している。
こくまくくぅ「なので、他のメニューも、ということで、今回、再訪した。やはり、目が離せないし、気になるなあ。」
人形くくぅ「果たして、やはり、全体にステージアップ、グレードアップがはかられているようだ。
こくまくくぅ「素朴で懸命な、手探り状態のよさ、もある。過渡期は、緊張感に満ちた、スリリングなうまさを味わうことが多い。ところが、ある程度安定してくると、欲が出てきて、あるいは、変な色気がでてきて、あざといようなうまさへと変貌してがっかりする、という体験は、実は、けっこう多い。」
人形くくぅ「イメチェン、路線変更で、ファンが離れる時だ。店って、軌道に乗ると、色気づいて、メジャー志向、エンターテイメント性を導入しがちだ。その結果、一般ウケに向かうと、流行りもの、や、チェーン店っぽいカジュアルなノリになりがちだ。
こくまくくぅ「まあ、それで、なんにせよ、うまくいけばいいんだろうけど、変更して、あれこれいじると、旧いファンも、新しい一般ウケも、見失うケースは、多いんだよねえ。いい時はあまりいじらない方がいい気がする所以だ。これ、例はいくらもあるけど、言わずとも、誰もが実感があるだろう、くらい、よくあることだ。」
人形くくぅ「改善するわけだけど、結果的には、改悪になっちゃう。最近では、TETSU(水戸市)の変化は、自分的は、ちょっと、だなあ。他にも、たくさんあるんだよねえ、もちろん、個人的に、だけど。とら食堂の変化も自分にはショックだったし。活力屋は、店舗移転後、路線変更の後、なんと蕎麦屋に変節したけど、この間通りがかったら、違う名前の、カフェか何かになってたしなあ。
こくまくくぅ「行ってないから知らないけど、喜元門サイエンス通り店も、店舗外観だけで、敬遠されているような話を目にするし。まあ、変化は、けっこう人の心に響く、よねえ。うまくいっているならあまり変えない方がいい。何でうまくいっているのかわからないからだ。」
人形くくぅ「成功するって、絶妙なバランスだからね。何が功を奏しているのかは、なかなかわからないものだ。必ずしも味だけではない。ちょっとバランス狂うとおかしくなる。食べ物がうまければ、どこでもウケる、というようではない、気はする。同じ、食べ物内容でも、場所を変えるとウケることもあしねしる。
こくまくくぅ「メジャー化より、隠れ家的な穴場的な店が好きなラーメンファンも多いしね。自分は、どちらでもいいけど。」
人形くくぅ「須賀川の4号沿いの無尽蔵、とか、郡山の下剋上とか、けっこううまかったけどね。ああいうきれいなチェーン店的なノリや外観、わりとウケないよねえ。理由はわからないけど、両方なくなった。喜元門サイエンス店の反応もそうだし。食べる以前に、店舗外観で、行かない、っていう人も多い。まあ、活力屋もそれもあるよね、たぶん。どうなったんだか知らないけど。
こくまくくぅ「と、脱線したけど、やはり、内容の変化は気になるところだと、言いたいかったんだけど、果たして、この店は、さすがに、はずさないなあ、という感じだ。うまく、垢抜けた感じだ。まず、普段は、通常の自家製太麺が、すべての品に共通しているんだけど、この土日30食限定の濃厚魚介つけめん、も、以前はそうだったんだけど、変更になり、これだけは、極太麺仕様になっている。これはうれしい。」
人形くくぅ「ここの、この限定、はいいよね。コンスタントにずっと何年も続けている。限定ってこうあるべきだよね。不規則なゲリラ的な限定とか、一回限りの限定って、意味が分からない。無責任極まりないお遊びだろう。再度、後追い確認作業もさせない。うまくたって、まずくたって、食べてない人には、さっぱりわからない。人寄せの話題性以外に何の目的があるのかわからない。
こくまくくぅ「より多くの人に平等にうまいものを食べてもらいたい、という精神の真逆だ。ネット向けの競争心の煽りなんだろうけど。食べた、食べた、って自慢する軽薄な輩も多いしね。よかった、すごかった、って言ったって、風聞の確認もとれない。やりっぱなし、言いっぱなしだ。これ、卑怯な手だろう。食文化的じゃない。イベントだ。」
人形くくぅ「希少性や手間など、やむを得ない事情があって限定、は、わかる。極力、良心的にやるべきだろう。ただ単にやる店あるからね。
こくまくくぅ「と、また脱線したけど、スタンダードの太麺もうまさがアップして、ますますハイレベルなんだけど、この極太麺も、これまた、かなりなハイレベルなうまさだ。まあ、端的に、大勝軒だからね、つけ麺界の一つの頂点にある、と言っていいだろう。どっしりしたとみ田の太麺に比べると、軽やかさが身上のいい麺だ。」
人形くくぅ「不思議な、喉の通りのよさを備えていて、大盛り無料の真髄、というべき、開発のされ方だ。大盛りも、するすると難なく食べられる、うまい麺なのだ。まあ、実感する他はない。下手な表現じゃあ間に合わない。
こくまくくぅ「それ、報告の自己否定ですよ。大盛りで、食べて、食べて、という、麺だよねえ。それに見合う、つくり、なんだよね。つけ麺創成期の心意気健在だ。さすがです。」
人形くくぅ「ちょっと、久しぶりに、これぞ、つけ麺の太麺、というのを食べたなあ、という感じだよね。こましゃくれた麺が多いんだよねえ、最近。いいのは、一直(水戸)やことぶきや(水戸)くらいかな。もちろん、自家製だ、というだけでなく、自家製の粋、だ。
こくまくくぅ「時短で、けちくさく、平たく細くなっている傾向だしね。これ、パワフルな歯応えも素晴らしい、文句ない、堂々たる太麺で、いいところを、正確についてくる、ブランドの安心感だなあ。」
人形くくぅ「徹底したピンポイントの調整、って感じがするよね。ゆるくない。しかも、食感が個性的で新しい。今日は日曜日で、開店前から、炎天下にもかかわらず、かなりな行列だけど、だよね、の内容だ。けっこう早くなくなるよね、この限定。食べたい人はお早めに。自分も、何度かはずしている。一人前で終わり、とかね。くやしいっすよ。
こくまくくぅ「つけダレもうまい。こちらも変わった。実は、魚系がパワフルすぎて、以前は、うまいんだけど、そのくどさだけ、やや苦手な気もした。ところが、その強め、えぐめ、の感じが後退して、すっきりした感じだなあ。これは、イケる。こってりはしているんだけど、すっきりしていて、完璧主義、という出来だ。抜き差しならぬ、足し引きのバランス調整があるのだろう。上手という他ない充実感だ。麺と絡めて、つけ麺の味わいのセオリーを知り尽くしている、という感じだ。」
人形くくぅ「あれあれ、という、定番の濃厚魚介の、スイーツみたいなあまこいうまさ、なんだけど、かつ、オリジナリティが高い完成度で、なみなみならぬ力量を見せつけられるね。大盛り無料で、ばっちり、エンターテイメントだ。女子でも大盛りの人見かけますよ。男子では特盛の人。
こくまくくぅ「脳天から、ドーパミンがドバーッ、と出てきた。つけ麺はやっぱりこれ、でしょ。」

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らぁめん 無料大盛 700円

こくまくくぅ「仙台から来た、両親と息子の3人家族が隣席だった。この店の仙台分店の常連の様子なんだけど、一口目の感想が、おや、味がない、だった。なるほど。仙台店は、味が濃い目なんだなあ、やっぱり。仙台は、とにかく、全体的に味濃いめだ。それも、けっこう半端ない。大勝軒もその仕様になっている模様だ。二郎も、仙台店は、味が濃い、で、話題となっている。知らない人は想像つかないくらい、しょっぱめ、ですよ、どのラーメン店も。」
人形くくぅ「人によっては、食べられないかも。よく、しょっぱい、という非難があるけど、仙台に比べればなあ、と、そのたび思うよ。自分は、多少は平気だ。薄めも濃いめもイケる。それとうまさはまた別だ。まずいのは、食べられない。正直言うと、書かなかったけど、この何十日かの間に、2軒、盛大に食べ残した。
こくまくくぅ「さて、ここの醤油ラーメンもうまいんだけど、これも変わった。ぐっと垢抜けた感じだ。前は、もうちょっと素朴というか、どんよりした感じはあった。もちろん、それはそれでいい、んだけど、ずいぶん、からっとしたゴージャスなうまさになった。かなりうまい。」
人形くくぅ「煮干オンリーっぽい感じから、華やかな節系も加わって豊饒に、という感じになった。もちろん、目立ち方、なんだけど。特に、かつおかな。いい風味が鋭く立っている。軽く、だけど、かまや(須賀川)を連想するような。
こくまくくぅ「かまやも、リニューアルで、垢抜けたよね。これは、クラシックから、ちょっとひねりがある感じになった。色も濁ったようだし。油浮きも多いような。」
人形くくぅ「重厚になり、うまさのパンチが効いた。この麺も、やはり、うまいし合っている。さらっとした食感が心地よいことこの上なく、独特のもっちりつるみだ。やはり、これ、大盛りで食べるラーメン、だ。
こくまくくぅ「本当にするするいけるね。摩擦なし。この高揚感がウリだな。無心にわしわし食べて、麺とスープをがんがん堪能しよう、というように開発され、進化している。はっきりいって、かなり、味ありますよ。」
人形くくぅ「とにかく、いい麺だなあ。一直(水戸)が、自家製のいい麺で、いま、突出しているけど、相互に知らない人、相互に食べ比べることオススメだなあ。
こくまくくぅ「どんどん入るのがうまさだと実感できる。」

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by dasenkadasenka | 2013-08-26 18:43 | 郡山市

やまりす食堂 モッツァレラで簡単な前菜

やまりす先輩「あまりにもメジャーすぎるメニュー、カプレーゼと揚げたもの。ブファラがおすすめです。」
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by dasenkadasenka | 2013-08-25 15:15 | やまりす食堂

yotsukura喜一

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こくまくくぅ人形「砂浜で海を眺めました・・・。」
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ミニくくぅ人形「海は広いなあ・・・。人形くくぅ人形は、またドックにはいっているのであります。

住所 福島県いわき市四倉町字5丁目218 道の駅よつくら港 2階フードコート内
電話番号 0246-32-8075
営業時間 10:00~18:00
定休日 第3火曜日
喫煙 不可

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熊王うくく人形「われは、なんとここで、電撃でデビュー! ですよ。へへ。緑くくぅ人形も一緒なのだ。

こくまくくぅ「われわれ主体性は、本質的に、空虚な視点そのもの、であるために、人は、現実の社会に自分の理想像を求め、そこに象徴的に同一化する。」
人形くくぅ「私が、私自身を観察し、判定し、というように、自己反省するのは、そうした理想像の視点を経由して、なのだ。
こくまくくぅ「いい子、でいるのは、誰のためか。つまり、誰の目から見て、いい子、なのか、ということだ。それは、家庭では、親の目から見て、だ。私は、親という主人(理想像)の目に気に入られるように、最大限の努力をする。」
人形くくぅ「およそ主人とは、私が憧れ、現実化したいと願う理想像(規範像)なわけだ。神様が、どこかで自分を見ている、(監視している)、と思うことも、そうしたことだ。
こくまくくぅ「ところが、主体性は、結局のところ、その本質的な空虚性のために、ヒステリー的な反応(症状)も引き起こす。社会的秩序の理にかなった要求を採用すること、だけが、本当の自分ではない、という拒絶反応をも内包している、ということだ。」
人形くくぅ「それが、反抗、だ。
こくまくくぅ「とはいえ、反抗には、出口がない。主体性は、根源的な否定性、だからだ。そのため、社会は、反抗のはけ口をも用意する(用意しなければならない)。それが、欲望なのだ。」
人形くくぅ「欲望は、空っぽの主体性に見合う内容を探し求める、ないものねだりだ。
こくまくくぅ「主体性の欠落に解決法はない、ため、永遠の欲望装置をつくる必要がある。欲望は、主人の道具(奴隷)になることを望む欲望でもあり、それを裏切る欲望でもある。その間の揺れ動きが、精神的経済のやりくりとなるわけで、欲望とは、そうして、自らの主体性に対処する方法なのだ。」
人形くくぅ「つまり、社会的仮面の下の本当の自分は、空っぽだ。本当の自分が、仮面なのか、その仮面の下なのか、本当の自分は、あれでもない、これでもない、と、絶え間なくスイッチするヒステリーになる。
こくまくくぅ「主体性のヒステリーに対応して、象徴的秩序の支配システムは、システムに組み込まれた侵犯(の物語)を用意する。公式の物語に守られた逸脱(のふり)である、そうした侵犯は、おもに、空想的なものであり、公共領域を侵害しない限りにおいて、象徴的秩序の外観を保つ限りで、容認(公認)される。」
人形くくぅ「なにしろ、秩序そのものが、主体性という逸脱に依存している以上、秩序を補完する逸脱(のふり)を必要としており、それに、下支えされているわけだ。
こくまくくぅ「人は、抑圧的な権威に対しては、自由を求め、自由で寛容な風潮においては、逆に、禁止による支配を望む。欲望とは、禁断の快楽だけでなく、厳格な権威主義にも向かうのだ。」
人形くくぅ「社会とは、そのバランスをコントロールするもの、だ。
こくまくくぅ「特別な力を備えているように見える、魅惑的な欲望の対象は、それ自体の力ではなく、そのように見る(見える)目、に対応しているのだ。」
人形くくぅ「だから、ある人にとって価値のあるものも、他の人にとっては、まったく意味がない、ということも起こりうる、というわけだ。
こくまくくぅ「魅惑的な商品は、普遍的なものではない。関係性の中にある流動的なものなのだ。」
人形くくぅ「流行とはそういうことだ。

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会津山塩 水らーめん 650円

こくまくくぅ「限りなく透明に近いラーメン・・・。生ハムも半透明で素敵だ。スケルトンで、ばかりでなく、生ハムの塩気が、スープの塩気と呼応する。実によくできている。」
人形くくぅ「冷たいラーメンは、最近流行りだ。実は、ほとんど興味ないんだけど、なぜって、たいていうまくないからだ。うまくない店のことを書くのはやめよう。見向きもしなければ、それでよいのだ。でも、この冷たいラーメンには、興味を持った。まあ、勘がはたらいた、のかな。案の定、瞠目ものの出来栄えだ。
こくまくくぅ「料理にこの褒め言葉を使うのは好きじゃあないんだけど、芸術的なラーメンだ。まあ、そういうほかはないかな。浮世離れした透明感だ。感覚のレンジを広げてくれる、かのようだ。冷たさが、はしゃぐ気持ちを鎮静化する。すうーっと引き込まれる。水面が完全に静まり返った静謐な湖で泳いでいる、そんなイメージが、頭の中に広がる。」
人形くくぅ「山塩のせいか。ここは海辺なのに、山深い湖だ。
こくまくくぅ「鶏だしが効いている、なんてもんじゃあない。実はコレ、好きなタイプの鶏だしの風味だ。ヒノキのような、木のような匂いのするタイプではなく、たとえは適切ではないかもしれないが、卵みたいな風味のするものだ。硬質でなく、あまいタイプだ。これが、効いている。実は珍来亭(吉祥寺)などの油そばの透明なうまい油もこういう似たような風味がある。どういう関係かはわからない。この風味が格別にうまい醤油ラーメンを出す店が、吉祥寺の南口にあった。大村というラーメン屋の3軒ほど離れた並びにあった。名を忘れたが、店もだいぶ前になくなった。その店で、阿部譲二さんが、ラーメンを食べていたなあ。十数年前かなあ。ビシッとした格好で超かっこよかった。」
人形くくぅ「背の高いダンディな偉丈夫だったなあ。鋭い眼光で、オーラがすごかった。
こくまくくぅ「うまいよ・・・、と、レジでお会計の時に低い声でつぶやいていた。阿部譲二さんのサイン色紙は、喜多方のなまえ食堂に貼ってあった。米沢ラーメンのひらまにもあった。ま、山形で、冷やしラーメン、なんだけどね。その比じゃあないな、これ。次元が違う。」
人形くくぅ「連想が、山深い湖から、吉祥寺の阿部譲二さんに行っちゃいましたか。
こくまくくぅ「よく知っている鶏だしの風味なんだけど、そのうまさを、よさを、100パーセント活かしきっているなあ。ツボだ。ほぼ、それのみで勝負という感じで、極上のまろやかな風味なんだけど、そこに山塩のまろみのある塩気が最適、なのだろう。バランスの完璧さを感じさせる。」
人形くくぅ「喜多方麺が、これまた、透明になった味わいだ。喜多方麺は、どちらかというと不透明な印象だけど、不思議に透明感に溢れているよ、ここの麺は。
こくまくくぅ「日本のすごいところは、道の駅で、こんなエリートなラーメンが、平然と出てくる事態だ。技術大国、職人業大国なので、これから、こんなハイレベルな事態が増えるとは思うけど、ちょっと心配にもなる。場所ガラ、ぶっちゃけたラーメンが出てくると予想する人も多いだろうからだ。うまい、と思うか、うますぎるなあ、これ、と思うか、どうなんでしょう。われは、人をうならせる、黙らせる、迫力だと思うけど。」
人形くくぅ「なにしろ、インスタントラーメンも、いまや、従来のインスタントラーメン観を超え始めている出来、となりつつある、からなあ。気軽なんだけど、舌は肥えている。これくらい出さないと、もう、外で食べるの馬鹿馬鹿しいよ。
こくまくくぅ「とはいえ、もちろん、喜多方ラーメン的な親しみやすさでもある、かつ、なんとも、技術の粋を感じさせる。まず、見た目の透明度がハンパない。完璧な仕事だ。だいたい、見た目さえまともに作られていないラーメンは、100パーセント、まずい。」
人形くくぅ「いいんですか、99パーセントじゃあなくて。
こくまくくぅ「これ、8月限定で、あと一週間ほどかな。冷やしラーメンを語りたいなら、これを食べることは避けられない、と思うけどなあ。とはいえ、冷やしラーメン以上のものだ。」
人形くくぅ「たいていの冷やしラーメンは、涼をとるためだけのものだよね。
こくまくくぅ「垢抜けたセンスの見せ場だよ、これ。実は、喜多方の喜一本店は、とんと御無沙汰だ。うまいんだけど、こぎれいにまとまり過ぎているかなというのが、これまでの印象だったけど、久方ぶりで食べて、ドキッとしている。たぶん、すごくグレードアップしているんじゃあなかろうか。」
人形くくぅ「ここは、本店と、スープはだいたい同じ、ということのようだ。麺が、こちらは細めタイプだ。これが、けっこう功を奏している気もする。この水ラーメンは、この店のみ、のオリジナルだ。いまや、喜多方ラーメンは、山奥でなく、海辺で食べる時代なのかもしれない。

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熟成みそラーメン 750円

こくまくくぅ「この味噌が、なあ、またしても、芸術的という、野暮な紋切り型の表現を使っちゃいましょうか。ハイクラスですよ。まず、思い出したのは、一福(初台)の絶品味噌ラーメンだ。自分的にはあれが、イッチバンなんだけど、なんか、あれを彷彿とさせる味噌ラだ。味わいの感じが似ている。一瞬、あれを超えたか、と思った。緊迫の汗がたらり、ですよ。」
人形くくぅ「もちろん、野菜は載っていない、両者とも。白っぽい味噌色も似ている。極上のポタージュ感も似ている。味噌なのに、味噌らしからぬ、突き抜けたしゃれた味わいなのだ。
こくまくくぅ「まあ、たいていの味噌ラは、うまくても、どうしてもどろくさい。」
人形くくぅ「これは、会津味噌を使っているとのことで、そういう意味では、ある意味、独特の土着的な風味があるんだけど、店主さんは、これが、香りにクセがあるので、いわきの人には、受け入れられないんじゃあないか、と心配のご様子だったけど、われは、これ、いわき一ですよ、と応えておいた。
こくまくくぅ「白みそに、一割ほど八丁味噌をブレンドしたような雰囲気に似ている、かな。独特のかなりいい香りがする。まちがいなく、味噌自体の風味が、最高のヒキ、だけど、同時にこれがいやなら、まあ、だめなのだろうなあ。仕方ない。」
人形くくぅ「われは、会津の天宝味噌を、普段、愛用させてもらっているんだけど、やはり、なにか、通じるところもあるような。ちょっと独特のいい感じなんだなあ、会津味噌。喜多方といえば、上海でいただいた味噌ラーメンが、酒粕入りで印象的だった。やはり女将さんが仕切る一福にも酒粕入りがあったなあ。女性ならではかな。女性店主さんならではといえば、虎心房(町田に移転して胡心房に店名変更した)では、豆乳入りラーメンがある。稲城時代のあそこの油そばも、古典タイプの絶品だった。ちなみに稲城の梨は、ブランドでうまい。大ぶりなんだけど、引き締まった甘み、水気の多さは類を見ない。よく、なしもぎ、に行ったなあ。
こくまくくぅ「しかし、単に、味噌の香りというだけではすまない、味噌とは思えぬ何とも知れない、風味のよさがある。酒や白ワインなど、あるいは、バターもわずかに使用されているのかな。なにか、シンプルな表情なんだけど腕前が屈指されているであろう雰囲気だ。デザインのビジョンが、普通と違うのは明らかだ。ちょうどいいまったり加減の極上ポタージュという感じで、味噌なんだけど、味噌じゃあないような洋風スープのような、だ。」
人形くくぅ「醤油はコンセプトが、コンソメっぽくて、こちらではポタージュだ。洋食の腕前が遺憾なく発揮されている感じなんだけど、単なる折衷でない、すべてを超えた、新たなる味わいの思い描きがある、といえそうだ。
こくまくくぅ「しばらく行かないうちに、いまや、喜一、ノリにノッて、キレにキレているのかもしれないなあ。醤油、塩、味噌、と完全に押さえている。それぞれの、調味料の選択が、気迫が入っており、揺るぎない。喜多方麺という、ある意味、大衆的な麺で、地に足をつけた上で、空中を自在に舞うように、才気を存分に花開かせているような印象だ。前には、一抹のちぐはぐ感もあったが、それが払拭されている、すっきりしたまとまり感、という感じだ。喜多方までは、ここから、車で、普通道で、3~4時間かかる。その距離を走破して、あの町の雰囲気で食べる時の印象と、この海岸で食べる印象も、違うのかもしれない。違う喜一観になった。」
人形くくぅ「またここに、食べに来るな。水ラーメンはもう一回かな。水、というのは伊達じゃあない。いい、うまい、しゃれたネーミングである以上に、意味の深いコンセプトをあらわしている。水になれ! だな。
こくまくくぅ「最後は、ブルース・リ-、の名言、ですか。」

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by dasenkadasenka | 2013-08-24 18:16 | いわき市

らーめん えるびす

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住所 茨城県水戸市千波町2806
電話番号 029-241-7242
営業時間 11:00-15:00/17:30-22:30
定休日 第2、第3月曜日
喫煙 可

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こくまくくぅ「われわれ主体性は、一人でいる内密な時間の時、むしろ、空っぽだ。本当の自分、とは、社会的関係の網の目に絡め取られて自己限定されている時の、自己像だ。」
人形くくぅ「自分とは何か、とは、経験を規定する、象徴的な秩序の効果なわけだ。
こくまくくぅ「秩序世界(社会)とい仮想の虚構が、われわれの現実を構造化している。」
人形くくぅ「主体性とは、その象徴的契約による、社会的役割のような、自己規定(アイデンティティ)を眺めている(認識している)、空虚な視点そのもの、だ。
こくまくくぅ「われわれは、ある意味、この主体性の空虚という、自らの核にある空っぽの自由を見ないために、能動的に、社会的な場で働き、活動し続ける。」
人形くくぅ「自らの空虚が露呈しないようにすること、それこそがわれわれの不安のもと、だからだ。自らの自由という寄る辺なさ、空漠とした孤独、が露呈しないように躍起になる。
こくまくくぅ「自らの本質的な空虚が露呈するのを阻止するためにこそ、狂ったように、四六時中、社会という相互主観的な場で、活動し続けるのだ。」
人形くくぅ「主観性の中に引きこもり、社会参加を拒否することは、狂気と見做される。
こくまくくぅ「つまり、主体性とは、自由の空無、という、狂気、なのだ。しかし、それこそが、われわれの原点、根本的な、0地点なのだ。」
人形くくぅ「さりとて、社会状況の基盤も、盤石なわけではない。秩序社会の象徴的機構の座標軸そのものが変化するのは、この、主体性という0地点を繰り返し通過する、リセットが起こるためだ。
こくまくくぅ「主体化という行為は、最高度に自由な、創造的な0度、なのだ。われわれが、人生をやり直すことができる可能性に満ちているのは、この0レベルを通過することによる。」
人形くくぅ「むろん、この自由は、恐怖でもある、というわけだ。通常は、この主体性の自由の可能性そのものを、社会的な他者の空間に譲り渡して、自分は、それを見ないふりをする、というわけだ。
こくまくくぅ「われわれは、自らの本質的な空虚のために、すべて、を他の主体の中に想定する。つまり、誰かが、すべてを知っているだろうと思い込むのだ。最良を知っている者、自分を含めた世界の秘密を知っている者、そうした絶対的な確信者が、社会のどこかにはいて、この社会を司っているはずだ、と、仮想するのだ。」
人形くくぅ「そして、そうした他者に身を任せる。もちろん、そうした社会の元締めとしての、究極の主人、という他者像、こそ、神だ。神なら、えらい主人なら、すべての意味を知っているはずだから、私は、考えなくてもよい、のだ。ただ、その命令に従っていればいい。
こくまくくぅ「こうした、仮定(想像)に基づく、置換、転移現象こそが、そもそも、それ自体、空虚な、仮想の秩序的虚構を成り立たせている、のだ。」
人形くくぅ「現実的には、官僚等のエリートがうまくやってくれるだろう、と思っている。
こくまくくぅ「こうして、社会的コミュニケーションは、相互に受動的な場、となる。誰かが、自分の代わりにやってくれるのだ。自分は、自分の役割に邁進していればいい。」
人形くくぅ「泣き女とかね。自分の代わりに泣いてくれる。テレビでは、ありうべき模範的な反応の仕方は、テロップで流してくれる。匿名の笑い声やリアクションの声などが、不在の挿入として流れ、そのタイミングを教えてくれる。それに従っていればいいのだ。あるいは、面倒くさければ、代わりに笑ったり、驚いたりしてもらい、自分は無表情でただ黙っていればいいのだ。
こくまくくぅ「(笑)もそうした誘導効果だ。」
人形くくぅ「自分の内奥の秘密も、占い師や心理学者やカウンセラーにあばいてもらう。自分が何を考えている人なのか教えてもらうのだ。
こくまくくぅ「自分の無意識も、他者に分析、解読してもらう。要するに、自分とは、不特定の他者が、自分をどう見ているか、どう考えているか、なのだ。コミュニケーションとは、そうした象徴的意味を交換することだ。そして、そうしたコミュニケーションの全体を保証しているのは、結局は、仮想の他者、実体のない空っぽの主人のシニフィアン、なのだ。」
人形くくぅ「ネットの関心事って、結局、不特定の多くの人が、どう考えているのか、人が自分をどう考えているのか、なわけだしね。いいね、って、神の声だ。不安なのだ。

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辛味噌ラーメン こってり 700円

こくまくくぅ「ブログなどの投稿者には、まあ、それがウケるネタ、でもあるんだろうけど、ラーメン以外の些末時に過剰反応することが多い。」
人形くくぅ「重箱の隅をつつく、的な。意外と神経質な方が多い。
こくまくくぅ「ラーメン以外の、プレゼンテーションに対する好感度、店舗デザインとか、店主や従業員の立ち居振る舞いや人柄、清潔度、などの、諸サービスの充実度に、けっこううるさい、んだなあ。」
人形くくぅ「客は神経株敏な人が多いのに、確かに、店は、案外、ずぼら、粗放なことが多いのも不思議なところだ。
こくまくくぅ「自分的には、本体以外の取り巻きについては、まあ、どうでもいいけどね。いくら、感じがよくても、接客が素晴らしくても、ラーメンがまずければ、行かないだけだからなあ。逆に、ラーメンがうまければ、あとのことは、多少どうでも、行くし。」
人形くくぅ「要は、ラーメン力だ。あとの環境は気にしない。つとめて、ね。
こくまくくぅ「すごく最悪の状況、でも、すごくうまければ、絶対行く。差しさわりがあるから店名の例は出さないけど、まあ、わかるよね。東京には多い。汚い店はウマイは、一理ある。逆に、ヘンにこぎれいで、うまくないことも多い。そんな常識はラーメン店だけだ、と言われたりするけど、まあ、場末の商売であるということもあるし。だって、他の商売や飲食業でうまくいかなかったら、ラーメン屋でもやるか、みたいなノリは、いまだにある。洋食屋で、カレー屋で、居酒屋で、思うようにいかない、ためにラーメン店になったケースは、いくつも挙げられる。」
人形くくぅ「もちろん、それがすべてじゃあないのは言うまでもないけどね。でも、一発を狙う人も多いよねえ。当たれば大きい、んだろうからねえ。
こくまくくぅ「ゼロからの再スタートの可能性に開かれたすばらしい、職業なんだよ。だから、多少のことには目をつぶる。」
人形くくぅ「日清の創業者、百福さんだって、破産状態の掘っ立て小屋で、インスタント・ラーメン、発明したんだしなあ。今では、日本では、インスタント・ラーメン年間54億食を、産み出した創始者だ。誰がどうなるかわかりませんよ。
こくまくくぅ「それにしても、関係ない話だけど、自称ラヲタで、豚骨は苦手、っていうのも、マジかっ、って感じだけどね。」
人形くくぅ「さて、味噌ラと背脂のコラボレーションをいただいてきたけど、やはり、辛味噌のこってり版が、いいかなあ、ということで、今日は再度それにした、けど、やはり、いい。
こくまくくぅ「やはり、味噌に辛みが合うし、それに、背脂も、合うなあ。まあ、古典タイプの味噌ラーメンなんだけど、しっかりした濃いこくのある味わいの味噌スープで、文句なしの優等生なんだけど、自分的には、背脂プラスで、うまさ倍増、大化けパワーアップだ。ちょっとなんか、味噌ラの集大成で決定版、みたいな感じだなあ、自分的には。」
人形くくぅ「創作系もイマイチだしね、ミソラは。オーソドクスのうまいのが、やはり、いいかもなあ。帰るべきところのような安心感だ。
こくまくくぅ「シンプルな味噌でいいね。味噌って混ぜ物が入りやすいけど、まあね。味噌内容のへんなこってりも飽きる。」
人形くくぅ「ツボを押さえた、ストレートなうまさの味噌スープなんだけど、それが、背脂の層の下から来るこってり味噌味となった時、いいんだなあ。
こくまくくぅ「油と味噌は合うからね。ごぼうのピリ辛味噌煮、とかね。油たっぷりめにするとうまい、よねえ。」
人形くくぅ「だから、ムリがないんだよ、この組み合わせは。黄金の組み合わせだ。味噌+油+辛味、の黄金の味だ。
こくまくくぅ「飛躍するんだよね。そういう意味では、スタミナも、醤油+油+辛味、の黄金トリオ、だなあ。」
人形くくぅ「この中太麺も独特の食感が、こってり味を引き立てるよねー。いい麺だ。飽きないし。
こくまくくぅ「まあ、ミソラの総決算で背脂大爆発だ。パンチラーメンと並ぶ傑作だな。パンチ味噌。」
人形くくぅ「龍郎(つくば)で、二郎系味噌ラを食べたけど、うまかったけど、あれより、インパクト、キレがあるなあ。

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スタミナラーメン冷やし 650円

こくまくくぅ「ラーメンでなく、中華、なんだろうからなあ、という疑惑で、食べない自傷ラヲタもいるだろう。われもそうだったし、いまでも、他店は未食の奥手だ。しかし、食べてみると、他店は知りませんよ、自分の思っている中華料理的なあんかけもの、とは違う。むしろ、和風に近いというか。」
人形くくぅ「ベースは、みたらし団子の方が近いかもね。団子が麺になっるているわけだ。具も、カボチャのインパクトが強いから、和風っぽいような。
こくまくくぅ「まあ、転び中華というかね。要するに、日本の食卓の雑食性というかな。」
人形くくぅ「異種混淆だよね、日本の文化は。何でも取り入れて、勝手にアレンジしちゃう。化け物のように変化していき、オリジナルとはかけ離れたものになる。
こくまくくぅ「猥雑でみだらなハイブリットだ。ラーメン自体がそんなものだろうし。そして、何でも入れちゃうよねー。節操ない。」
人形くくぅ「大進のようにうどんっぽくてもイケそうだしね。
こくまくくぅ「日本という島国は、もとより、独自の文化がある、というよりは、いろんな国の文化が流れ着くるつぼのようになっているところが、むしろ、独自性というかね。なにしろ、ちょんまげの次はスーツだからね。雑種的になんでも組み合わせちゃう。」
人形くくぅ「こんなに、普通に、日常に、世界中の料理食べている国あるだろうか。しかも、みんな、ずらしちゃう。方言化、地方言語化する。
こくまくくぅ「ラーメンだって、どこの国ものだかわからない。でも、だから、何でもいい、じゃあなくて、やはり、精度、だよね。ラーメンって、独特の精度が魅力の食べ物だ。粋じゃなくちゃあならない。それがわからないとねえ。ここのスタミナにはそれがある、んだなあ。もちろん、他のメニューにもね。」

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by dasenkadasenka | 2013-08-23 18:25 | 水戸市

中華そば 華丸(かわん)

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住所 茨城県小美玉市羽鳥2732-4
営業時間11:45~14:30/18:00~20:30スープ切れ次第終了
定休日 毎週 日・月・木曜日
P あり
禁煙
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こくまくくぅ「秩序世界の起源にあるのは、暴力的な一撃としての主体化の空白であり、秩序とは、そのトラウマ的な出来事を抑圧し、隠蔽するように構造化されている。」
人形くくぅ「起源の空白を埋め合わせるためにこそ、事後的な解釈としての、神話的な起源物語が作られる。
こくまくくぅ「原父殺しのテーマは、まさに、主体化する創始者の狂気の抑圧-隠蔽だ。つまり、秩序を創設する初発の行為を行う創始の父は、過剰な狂気の父として、殺されなければならず、その後で、実体を欠いた父の名(象徴)、だけとなることによって、秩序に包摂できない過剰なトラウマを締め出した、象徴的な秩序の、首尾一貫した、自己完結的な全体性が完了する。」
人形くくぅ「キリストの磔刑やシーサーの暗殺を考えればわかりやすい。
こくまくくぅ「こうして、秩序の中心たる究極の主人の座は空白であり、その座を占めるものは、生身の人間の場合でも、常に、内実(肉体)を欠いた名であり、つまり、本質的には、仮想的な存在、なのだ。」
人形くくぅ「だから、主人は、空想的な神でもいいわけだ。でも、それだけでは、目に見えず、漠然としてしまうので、目に見える現実の支配者像、という身体を与える。王権神授説のように。
こくまくくぅ「多くの人が、それぞれの勝手な主観性において、その中心の主人が存在しているかのように行動し、振る舞うなら、それは、存在していることになる、というわけだ。」
人形くくぅ「裸の王様だ。全員が、王様は立派な服を着ている、と思っているなら、そういうことになる。
こくまくくぅ「にもかかわらず、まさに、そうした仮想的な主人こそが、基盤であり、現実の意味の地平を供給する評価基準となるのだ。つまり、絶対的な権力であるわけだけど、その、しっかりとした力、であるにもかかわらず、実際に存在しているのは、むしろ、人々の活動だけ、であり、中心の空白は、それに従って行動する限りにおいて現実となる。」
人形くくぅ「主観的な想像の地位に他ならない、つまり、人々が信じている対象にすぎない、脆弱な実体性のために、人々は、自らの生命をも投げ出す。それが秩序だ。
こくまくくぅ「人が神と言う時、神のイメージは、人の数と同じだけある。」
人形くくぅ「それぞれの、恣意的な、ご都合主義的な、多種多様な思い込みだ。
こくまくくぅ「神、とは、そうした多様な思いを受け止めている、中心の空虚な器、空っぽの形象(名)、だ。」
人形くくぅ「究極の主人とは、内容を欠いた主人のシニフィアンであり、人々がそれぞれの主人のイメージを自由に投入できる唯一の宛先、なわけだ。
こくまくくぅ「現代の民主主義的な世界のように、絶対的な主人などいない、というように、この主人のシニフィアンの象徴的な効力の無効化が進行すると、人々の意見の整合性を、メタレベルで保証する任を引き受けるものは、多数意見となる。人々は、主流となる多数派を追い求めるようになる。」
人形くくぅ「ランキングとかね。評価基準を欲しがる。ネット世界に飛びつき、そこから目が離せなくなるのも、そこにある主流の情報が、結局、唯一のの規範(主人)のようになってくるからだ。
こくまくくぅ「そうした主流(主人)は、要するに、漠然とした大衆主義なわけだけど、それは一枚岩ではないし、絶えず移ろいやすい、それも、実体を欠いた、風評のようなものなわけだ。」
人形くくぅ「つまり、神が分散化して、ネットの中をさ迷っているわけだ。時代は進化したのではなく、相変わらず、まったく同じ状況なのだ。

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マイルド豚骨 700円

こくまくくぅ「水戸でも、家から100キロ超だ。華丸は、よく行く店の中では最遠だ。でも、行く価値はある。」
人形くくぅ「来るたびに、今日はますますうまい、と思うなあ、このマイルド豚骨は。こんなラーメンは、他に、そうそうない。
こくまくくぅ「それも、凄くうまくなっている。どうなっているのかわからないけど、まあ、事情を分析するのも面倒だ。受け手側など諸々の変化もあるだろうが、このラーメンの内実自体がグレードアップしているんだと思う。」
人形くくぅ「味わいの、うまさの、強度が増している感じだ。全体的な内容的には、ほぼ同じなんだけど、成り立ち、組成が、強化され、強靭になり、パワーアップされているような印象だ。
こくまくくぅ「マイナーチェンジに加えて、洗練度が増しているのだろう。ディティールのすきをなくして、詰めに詰めているんじゃあないかなあ。だから、緊張感が高い味わいだし、うまさが、集中力の結集という感じなんだなあ。」
人形くくぅ「まあ、ラーメン界って、魂って言葉好きだけど、入魂なんだろうね。気合注入とか。ラブ、もかな。
こくまくくぅ「諸要素のおさまる状態の最適化が進行しているのだろう。察するに、とにかく集中力のある店主さんだ。妥協なし、なのだろう。」
人形くくぅ「おそるべきうまさの飽和の極みへと向かっている。具体的に言うと、豚骨スープの精度の高さ、そのコクウマの風味と、うまい醤油か何かが合体し、複合した(と思われる)、独特の貝みたいな風味が、さらにいっそう激しくなったみたいで、激うま、なのだ。
こくまくくぅ「ラーメンが運ばれてきた時から、その風味が香り立っている。心をくすぐる匂いだ! ある種の豚骨臭というものも、強烈に心の琴線をかき鳴らすわけだけど、これ、従来の豚骨臭に代わる、新たなるニュータイプの刺激臭だよ。こんな風味、他の豚骨で味わったことない。極めて独創的な発明ではないのか!!!」
人形くくぅ「一口目で、う・ま・い!!! と思わせる、強烈な引き、だよね。単に濃度だけでない、別の次元に道が開かれてしまった気がする。
こくまくくぅ「一直の豚骨も、素直にうまい、んだけど、このかぐわしい強い味と風味とコク、の前ではかすむなあ。この到達点、なかなか到達できないだろう。集中力とビジョンの賜物、だろう。」
人形くくぅ「ただなんとなく、の豚骨ではない。こうした不思議な魅力は、どこから来るのか、ほんとに知りたいよ。たぶん、しつこい、というか、粘り強い、駆け引きの果ての達成なのだろうなあ。スープ不出来、も、仕方あるまい。
こくまくくぅ「これは、地道な科学実験と同じだよ。結局、科学反応なんだから。小手先のちゃらいものづくりのおしゃれ感とは違う。」
人形くくぅ「しかも、極上のおしゃれ感だしね。こういうのが、おしゃれ、だよ。見た目も味も風味も、強烈なインパクトがあって、こころに突き刺さるよねえ。絶対に、ファンは多いはずだ。これがうまくなかったら、何がうまいんだ!?
こくまくくぅ「麺もだいぶ変わってきている。いずれにしても、すべてが噛み合って機能しているので、この全体の結実を味わえばいいので、いちいち麺、とか、細部をそこだけ取り上げて、特徴を述べても、まあ、仕方ないかな。ちなみに、チャーシューも変わった。もちろん、うまい。前のもなつかしいなあ。」
人形くくぅ「細部を、単独でクローズアップしても、あまり意味はない。全体あっての細部だ。食べ始めから、終わりまでのあいだに、それぞれが、うまく機能していればいいわけだけど、先ほどから言っているのは、それが、絶妙だということだ。
こくまくくぅ「細麺、かためでコリコリもあれば、やわめ、もあるけど、ちょうどいいところかな。ほどよいかたさと弾力があり、この味わいをうまく支えている。」
人形くくぅ「俗っぽくない食感の麺だよね。

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餃子(5ヶ) 400円

こくまくくぅ「近年、餃子や、チャー丼やチャーハンなどからは、足を洗っている。好きなんだけどね、ラーメンと一緒だと、気が散るし、交互に食べるタイミングが面倒くさい、というか、わからない。」
人形くくぅ「過去、一番好きなチャーハンは、油そばの老舗、珍来軒(吉祥寺)のものかな。持ち帰りする人もいる。絶品のシンプルな塩味だ。
こくまくくぅ「ウマいチャーハンを作るコツは、とにかく、フライパンを振ることだ。そんなに、っていうくらいしつこく。これは、うまいチャーハンの店で見て盗んだ。やってみたら、見違えるほどうまくなった。」
人形くくぅ「こうした、餃子とライスの組み合わせを食べるのは、10年くらい前の一圓ラーメン(吉祥寺)で、以来かな。
こくまくくぅ「ここでも食べたかったんだけど奥手気味に。でもいよいよ食べた。嘆息ものだ。うまい。」
人形くくぅ「突出した派手な味ではない。すこぶる品のいい、というか、品格あり、の餃子だなあ。
こくまくくぅ「ニンニクとニラが入っていないので、まあ、おとなしめになる。ネギとひき肉が主体のようなので、だから、ちょっと変わった独特の風合いだ。」
人形くくぅ「皮がまた、凝っている。やわらかめで、俗っぽい弾力とは別物だ。かなり、こだわりの餃子だ。中国人や台湾人が営んでいる餃子専門店的な雰囲気に近い感じだ。
こくまくくぅ「極上の食感なんだけど、物足りなく思う、あるいは、普通っぽく思う、むきもあるだろうなあ。やさしい味わいなんで、ある意味、強い刺激がないが、それ自体がインパクトだ。」
人形くくぅ「最近、餃子を食べ歩いていないので、あまり比較論はできないが、いいものをいただいたあなあ、という印象だ。
こくまくくぅ「餃子専門店をやりたかった、というシンプルな願望もあったようだけど、なるほどね、だ。この優雅な味わいを絶品として求める人も、けっこういるかもね。」
人形くくぅ「ラー油の色がきれいなんで、一緒に写した。

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チャーシュー丼(ゴマソース) 250円

こくまくくぅ「さて、チャー丼も食べ歩いてないので、たいしたことは言えない。しかし、これも、絶品だ。しかも、250円で、この内容、どう見ても、激安グルメ、だろう。」
人形くくぅ「これは、売り切れでなくなるの、わかるね。
こくまくくぅ「ちょっとしたステーキという感じのごろごろした肉には、ほんのり、あまいいい香りが。アニスかな。なんともこれが効いていて、ゴージャスだ。」
人形くくぅ「ゴマソースもゴージャスだ。もっと、どろっとしたゴマペーストみたいなものを想像していたけど、完全に違うもの、でした。品のいい、しゃれたスパイスィー感。
こくまくくぅ「ほんとに、しゃれているんだよねえ。マヨネーズなんか、かかってない。」
人形くくぅ「まあ、ハイグレード、は性に合わない人もいるのだろうけどね。やっぱりいいなあ、さりげなくいいものだ。
こくまくくぅ「サイドメニューだから可能になる、ボリューム的にも味的にも、お値打ちな、格安絶品グルメだ。」
人形くくぅ「掟破りで、また食べたいなあ。

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by dasenkadasenka | 2013-08-22 18:39 | 小美玉市

麺遊心 (めんゆうじん)

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こくまくくぅ人形「麺遊心のある市役所通りと国道6号線との間には、こんな遊歩道が続いている。われは、くくぅの小径、と呼んでいるんですがね。へへ。」
ミニくくぅ人形「遊歩道の地面は、圧縮木片チップでできているから、ふかふかなのであります。不思議な弾力の踏み心地の気持ちよさ。

住所 福島県いわき市平
字童子町4-13 サントピア-1F南
電話 0246-21-0774
営業時間 平日・土・祝・祝前 11:00~15:00~/17:00~20:00 
      土曜日11:00~15:00
定休日 日曜日
P 共有スペース
禁煙


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こくまくくぅ「7月から、新しい麺が導入されている。選択制で、2本立てに。味わいの幅を広げたようだ。下の写真を撮っていたら、店主さんが、本物の麺を持ってきて見せてくれました。意気込みを感じます。」

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こくまくくぅ「男女(陰陽)二元論や善悪二元論などの二元論的な世界観は、蒙昧なフィクションだ。二元論的な世界観の、際限のない二元的要素のせめぎ合いの入り組んだ迷宮、というゴルディアスの結び目を一刀両断に断ち切るのは、主体化への衝動という謎、だ。」
人形くくぅ「すべてのはじまりは、われわれの中にあって、われわれ以上の何か、としての主体化という謎だ。
こくまくくぅ「われわれの存在の核心そのものが、主体性という怪物めいたもの、なわけだ。この主体性のあとにこそ、二元論的なフィクションも生じうる、のであって、しかも、それは、主体性の怪物性を見えにくくするための物語だ。」
人形くくぅ「怪物性を見ないふりをするために、二元論的な選択肢が要請される。
こくまくくぅ「われわれにある真の選択肢は、悪いもの、か、さらなるもっと悪いもの、か、のどちらかしかない。」
人形くくぅ「例えば、アダムの行為(主体化)は、自然性からの逸脱という悪(堕落)であるが、と同時に、それは、自然からの解放という救い、でもある。善悪は、主体化という行為に対する視点の切り替えにすぎない。
こくまくくぅ「まず、主体化という行為が根源的にあり、それこそが、不壊の障碍となる。主体化という破壊(否定性)が、新しい秩序をもたらす、のであるが、ならば、さらなる秩序段階へ進むには、その旧い秩序をも破壊(否定)しなければならない。そうした破壊は、旧秩序にとっては、悪であるが、新秩序にとっては、善である、ということになる。」
人形くくぅ「つまり、悪とは、善へと突き進む主体化の過程そのものとしての、善の姿に他ならないわけだ。
こくまくくぅ「善悪を超える、というのではなく、善は、善のみを超えて歩むのだ。死への衝動(主体化)とは、新たなる生への衝動に他ならない。」
人形くくぅ「革新、という、ラディカルな破壊的次元、保証のない破壊という悪と、保守、という、保証のない破壊の一時停止という悪とが、あるだけなのだ。
こくまくくぅ「保守-革新という二元論は、この保証のない破壊という主体化の否定性を、手懐け、それから目を逸らすための、偽りの対立構造なわけだ。それによって、主体化そのものを排除する共犯関係にある。」
人形くくぅ「自らの主体性に、戸惑っている、ということだ。そのような二元論的な、過剰な自意識、自己逡巡、そのものが、主体性の効果としてあらわれる。
こくまくくぅ「秩序世界というシュミラークル宇宙において、われわれは、自分の行為を、自分でよく理解し、自己の存在を完全に自己透明なものとして自覚し、目的のために、自分の純粋な意志で、自らの力を行使している、と思い込もうとしているが、そうした理想主義的なモデルは、フィクションにすぎない。」
人形くくぅ「自らを、卑小な有限の存在であるにすぎない、と、自分を矮小化することも、フィクションだ。
こくまくくぅ「そうしたフィクションは、無条件の行為としての主体化が、常にすでに、自らの存在基盤に据えられた法そのものである、という、過酷な事実を否定するための物語だ。」
人形くくぅ「主体化とは、予想もつかない命運が、自らの生活に暴力的に殴りこんで、介入してくることだ、という根底的な事実から目を背けるためにこそ、理想論的なフィクションがある。
こくまくくぅ「われわれが存在している、という、その事実だけで、アプリオリに、罪である、という、人間に特有の故のない罪悪感は、自らの主体化にこそ、起因している。法の内部では、規範がすべてであるけれど、その整合性を保証する、メタレベルの法(神)そのものが座する場は、主体性という空白、なわけだ。」
人形くくぅ「メタレベルの主体性という、非合理な行為の効力によってのみ、秩序世界は下支えされている、ということだ。

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油そば 780円(真空熟成多加水麺)

こくまくくぅ「最近、油そばは、大甕の駅前や、いわきの6号線沿いにも専門店の新店ができるなど、普及しつつあるというか、商売の常套として裾野が自ずと広がっている、というところなのだろうけど、なんと、まさか、この麺遊人で、油そばの傑作に出会える、なんて、まったく予想だにしていなかったなあ、もう。」
人形くくぅ「まあ、油そばは、東京多摩地区のソウル・フードで、われにとっては、馴染みの故郷の食べ物なんだけど、それを知らない地方の人が、油そばをどう思っているのか、よく知らないけど、油そば好きと自称している自分にとって、これ、予想だにしていなかった、うまさ、なんだなあ、もう。
こくまくくぅ「古典タイプの油そばとは、まあ、違うんだけど、進化系と言えそうなスタイルで、ある意味、タレがほぼ不在で、ほとんど油のうまさだけで食べさせる、というか、魅せる、この力技、すごい! です。」
人形くくぅ「地方の油そば(あるいは、まぜ麺)は、タレで食べさせる、タイプが多い。なぜか、うまい油感が希薄だ。もうちょっと、油のうまさ、とか、油量、欲しいよねえ、なんだけど、まあ、それはいいとして、これは、油と塩(そうではないとは思うけど、印象的には)、だけ、という感じで、しかも! こんなことは、はじめて! なんだけど、油が魚油!! なのだぁ!!!
こくまくくぅ「これ、ヤバいよね、横紙破りだ。もう、油そばなのかどうかも危ぶまれかねないけど、でも、油がまぶしてあるんだからね、ということで、いいわけだろうけど、まあ、オイルパスタというものを考えれば、さほども奇異なことはないわけで、これなんか、ある意味、アンチョビ風味のオイルパスタに、似ている、といえなくはない、し、あるいは、魚醤と油をまぶした麺類、といっても遠くはない。だ・か・ら、まずいわけがない、のだし、すでに常に、立派な料理として確立した分野でもある、ということだ、よなあ。」
人形くくぅ「まあ、いい風味と味つけ、ですな。上手だ、の一言に尽きる。油そばはセンス、ですよ。なんと言っても、しゃれたセンスが問われる。作り手にも食べ手にもね。オイルパスタなんて通の食べ物だ。日本人に多いのは、具やソースなどがないとさびしく思う、お子ちゃまのパターンだ。何にもはいっていなーい、って言っちゃう。
こくまくくぅ「特に、男子に至っては、肉が入っていないの、一点張りも多い。極旨、でも、トマトソースだけ、が理解できないらしい。まあ、無粋ともなじる気もしてはいないので、どーでもいいんだけど。」
人形くくぅ「思うに、酒を飲むかどうか、なんだよね。パスタは前菜だから。酒を飲まない人は、主食と思うから、ガッツリ食べたい志向になっちゃう。トマトソースの上に仔牛のカツレツとか載ってないと料理として認めない。まあ、放っておきましょう。どうでもいいし。
こくまくくぅ「すぐ怒っちゃうしね。談義もしたくない。で、新顔の麺、なんだけど、これまた、この独特のうまい油と出会った相性で、かなりおもしろい食感になって、うまいなあ。真空で、ということなので、圧力を加えて、粉の中に水分を完全に含ませる、ということなのかな。ざっくりと混ぜ合わせる、というのではなくて。多加水で、かつ、粉が完全にしっとりしている、というイメージだ。なんていうか、いつもながら下手な、不適切な比喩で、あえていえば、ういろう、とかを連想するような。」
人形くくぅ「ねっちり、ぬっちり、かね。ちょっと、初めての食感だ。まあ、製麺所も生き残りをかけて、自家製麺にはできないような技を、開発して、しのぎを削っているんだろうなあ。
こくまくくぅ「そして、この、独特なぬちぬち感が、この油そばに合う、なあ。油そばでは、麺的にも新境地じゃないかなあ。遠く、どこかで食べた塩焼きそばに似ている気はする。」
人形くくぅ「まあ、そもそも、この店のオリジナルの自家製極細麺自体、新境地な油そば、なわけでしてね。なんとも、創作力旺盛な野心作、2連チャンだ。
こくまくくぅ「どっちでもうまいね。自分で食べ比べて試してみる他はない。その価値はある、と思うけど。まあ、魚のカツでも載っていればなお最高だ、という向きもあるやもしれないのだろうけど。」
人形くくぅ「抜群の魚風味、麺の独自の食感、との、粋なコラボ力で、まずは、なんとか堪能あれ、ですかね。この黒いふのりも、妙に合ってて、うまいなあ。
こくまくくぅ「水菜もこれに一番合うかも。香ばしさの饗宴だ。それに、麺に、煮玉子の半熟の黄身をつけて食べると美味なことが判明。あと、チャーシューが変わったんかな。シンプルなしっとり感がうまい。冷製オードブルだ。提案があるけど、油そば、いわきのご当地名物にしたらどうかねえ。こういう、創作系、いい気がするなあ。と、もぐもぐ食べながら、無責任な勝手な妄想。」

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しょうゆラーメン 680円(真空熟成多加水麺)

こくまくくぅ「さて、メニュー表が変わり、表記によると、この醤油ラーメンは、鶏ガラのみ、らしい。いままで、他の醤油と違うと思っていたら、これには、あごだしが入っていなかったわけだ。あごだし+ガラ、では、塩ラーメンが好きなんだけど、道理で違うわけだ。」
人形くくぅ「このガラスープがまた、うまいよねえ。惹き込むような、いい風味なんだなあ。
こくまくくぅ「なんか、野趣を感じる、感じ入るような、落ち着いた風味でいい。醤油も微妙な使われ方だ。濃すぎず、さりとて薄すぎず、の絶妙な線だ。やはり、バランス感覚に尽きるか。下手なたとえで言うと、二枚貝の吸い物に醤油を垂らしたような風情にも通じる、かな(?)」
人形くくぅ「そして、問題の多加水麺で、こちらもいただいたけど、一見すると、自家製麺よりも、まあ、カジュアルな雰囲気なんだけど、そして、食べた感じも、自家製麺のように超個性的ではなくて、まあ、通常の麺に近いので、自家製麺の個性が合わない人には、という考えもあるのかもしれない選択制でもあるなのかな。
こくまくくぅ「ただ、野心的には、このスープから別の側面をも引き出そう、という狙いもあるのだろうし、事実、いつもと違う表情が味わえて楽しい。どっち派、と言われると、自家製麺が、とにかくうまいので、それを超えるには至らないかな、自分的には。替え玉も、新境地で、楽しいので、捨てがたい。でも、おもしろい醤油ラーメンだなあ。しみじみうまいなあ。」
人形くくぅ「見た目ほど普通ではないしね。やはり、ぬっちり食感が独特で、奇妙に楽しい。ただ、この麺は、油そばの方がよりいい、と思えるかな。あるいは、この麺、つけ麺など冷やし系でも、おもしろそうだなあ。まあ、とにかく、メニューがやや煩雑なほどにぎやかになった。なにしろ一気に倍、だからねえ。
こくまくくぅ「他のをどっちの麺で食べるか迷うなあ。基本的には、従来通りで行きたいんだけど、試してもみたいしなあ。」
人形くくぅ「自家製麺と製麺所の麺の取り揃え、っていうのも、おもしろいなあ。


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こくま赤くくぅ×4「われらは、卓上専用部隊であります。2度目の出動なのだ。」

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by dasenkadasenka | 2013-08-20 18:18 | いわき市